2013年03月02日

チェンマイ旅行記(7) チェンマイ農業事情を考える

世界最大米輸出国であり、農業国と知られるタイ。しかし1980年代後半以降、急速に工業化が進み、今では農業はGDPの8.4%しかならない。その一方で、GDP43.9%を工業が占めるまでになった(2007年)。そのうちの約3割が製造業だ。チェンマイ中心街から北へ、南へ、車で15分も走ると、大きな「Processing factory(食品加工工場)」を窓越しに見ることができる。夕方5時過ぎに通ったときには、勤務を終えて帰宅する工場労働者が運転するバイクの大群に遭遇した。24時間稼働、あるいは夜まで稼働する工場がほとんどだが、交代制での勤務を終えた労働者なのだろう。青や白の工場の制服そのままの姿で労働者が1人、あるいは2人乗ったバイクが、工場の敷地から出てくる出てくる。盛況の製造業ではあるが、実は、工業に従事するのは労働人口の14%、という統計が表すように、工業がもたらした雇用はそう多くないようだ。実は、GDPの1割以下しかならない農林水産業が、労働人口半分の雇用を生み出している。街中では、今やタイの主要産業といえる工業や観光業に従事する人々が増えたのだろうが、農山村では昔のまま農業に従事する人々が多いことがうかがえる。そして、農山村で得られる収入と、都市部で得られる収入との格差が広がっているのだろう。

農業国なのに農業ではなかなか食べていけない。都市部に移住する人が後を絶たない。。。「タマネギ畑で涙して」で山下惣一氏が記されている農村地帯の状況は、もう10年以上も前の話だ。中国やインドといった巨大市場に近い有利な地理的条件、東南アジアの「デトロイト」を標榜するタイ政府の推し進める自動車産業後押しの結果、2000年以降高成長率を維持してきたタイ。こんな好景気の中、農村地域も状況が変わったのだろうか。

農村地域といっても見た場所は限られているが、見かけるのはご年配の方々やおばちゃん、そして子どもたちが多いように思う。エレファントキャンプへのガイドを務めてくれたディーさん(39)は、チェンマイよりさらに北部の農村出身だそうだ。両親は今も農業を続けている。道理ですれ違うトラックにたくさん積んだ野菜を見て「あれはにんにく。今収穫時期だからね」など、農業に関する説明が充実していたわけだ。大学に進学するのと同時に村を出て以来、「仕事がない」ので故郷にUターンすることはできない。工学部を出た彼はエンジニアでもあるが、ガイドを続けている。現在大学生の息子が卒業すれば金銭的に余裕が出るから、ガイドをやめて故郷に戻り、「自給自足的生活」が送りたい、と語った。

米農家、ピーモントリーさん(53)を訪ねた。米といっても北部タイ特有のカオニャオ(餅米)を栽培する。普通の米より割りがいい。10ライ(XXヘクタール)全部餅米を栽培、単収XXとは悪くない。これだけの栽培規模、収穫なのだから当然ともいえるが、慣行農業だ。オーガニックも一度試してみたが、オーガニックで育てた作物も普通栽培の作物と市場が同じで購入価格が変わらないことから割に合わず、すぐやめてしまったと語る。彼の収入はXX。大卒の平均月収が15000バーツだというのだから(タクシンの政策で、最近引き上げられた)、決して悪くない。もちろんこれは、気候的に2期作が可能な上、灌漑設備が整っている地域であるから、ではある。イーサン(東北部)地域とは事情が異なるのだろう。灌漑設備なしの天水に頼る農業な上、1年に1度しか米は実らない(日本では当然ですが・・・)。借金して栽培した米が天候や様々な理由で「失敗」してしまったら、借金が残るのみだ。「貧しい地域」の代名詞であるイーサンの農家訪問記は、少し古いが山下惣一氏の「たまねぎ畑で涙して」で描かれていてとても興味深いのでおすすめしたい。

*タイの平均収量:2期作で、雨期220kg、乾期420kg/1反、だそうです。

チェンマイ、オーガニック農業事情

「オーガニックは売り先がない」とおっしゃったモントリーさん。その後何度か、異なる農家から同じ発言を聞いた。本当にそうなのだろうか。

チェンマイ街中には、いくつかオーガニックマーケットがある。小規模な上、それぞれの市が立つのは週に1〜2度に過ぎないが、街のあちこちで様々な団体が主催するマーケットが立つから、毎日どこかでオーガニックマーケットがあるぐらいだ。

ふたつのマーケットに連れて行っていただいた。ひとつは、ナコーンピン病院(Nakornping Hospital)の敷地内で、もう一つは市役所の敷地内で開かれていたマーケットだ。どちらも、NGOであるNorthern Standard Organic Association(北部有機基準協会)が運営する。どちらも賑わっていた。特に病院内は、常連と思われる病院勤務のスタッフが野菜をたくさん購入していた。それでも、どちらもかなり小規模であった。

CSAを最近始めたNGOもある。また、オーガニック野菜を扱ったレストランなども街中に現れるようになった。そのうちのひとつ、Pun Punというレストランに行ってみた。多国籍メニューを英語併記で提供するレストランは、実はチェンマイ郊外で「持続可能な農業」を営むコミュニティ、Pun Punが経営する。コミュニティでの暮らしはボランティアという形で体験できる。薬草を使った伝統的な調理方法のワークショップも開いており、中流階級の人々を中心にかなり人気だそうだ。

都市部の中流層や観光客を中心に広がりつつある「オーガニック」。広がりつつあるとはいえ、もちろん、マジョリティではない。「売り先がない」というのはどうも現実であるようだ。慣行農業の農家がオーガニックに転向したい、と思えるほどの購買力を持つ層が存在するとはとうてい思えない。

政府による具体的な助成金などの後押しが存在しないことも有機農業普及が進まない一因だろうが、やはり何より、より手間のかかる労働やコストに見合うだけの価格を払ってくれる購買先へのアクセスが難しい、というのもオーガニックに転向する農家が少ない原因の一つかもしれない。「オーガニック農業」を行う農家は非常に少ない。FAOによると、タイ全体で有機で耕されている農地面積は8,958ヘクタール。これは、農地面積の0.04%に過ぎない、という。(なお、日本はX%だが、それでも先進国の中では少ない方だ)

それでも、タイの農家はオーガニックに転向するとハッピーになるのだろうか?

オーガニック農業はタイ政府(タクシン派)のトップアジェンダだと言われている。それにもかかわらず、具体的な助成金などが充実しているわけでもない(「存在しない」との記事を見た。本当だろうか)。タイ政府の目的は海外市場、とも言われる。実際、米の中でも比較的オーガニック栽培が多い香り米(Jasmine Rice)だが、ほとんどが欧州へ輸出されるという。とすると、数少ないオーガニック農家は、ほぼ海外市場向けに生産する農家なのだろうか。とすると、家族経営規模ではなく、企業なのかもしれない(調べきれていない)。

そもそも、タイでの農業は「オーガニック」だった、と主張する団体もいる。家族やコミュニティ規模で多品種を育てる。肥料も種も、そして食べ物も、外から購入することはない、循環型の伝統農業だった。1970年代に進められた緑の革命で、状況が変わってしまった。モノカルチャーが広がったのだ。どんどん増える都市部に暮らす人口に食べ物を供給するという国内外からのプレッシャーで、農村は変わらざるを得なかったといえる(「都市部」とはタイ国内だけではない。日本も含めた世界中の、だ)。緑の革命が農民もたらしたのは、たいていの場所でそうだが、「借金」だ。農民は借金を抱え、今年の作付けのために先行投資をし、それが「こけ」たらさらに借金が増える、という状況を抱え、連鎖する貧困。大きなリスクをかけてまで、中流層の「健康」や「環境」のために、オーガニックに転向するメリットは何もない(もちろん農民自身の健康にもいいはずだが。。)。「環境にいいからオーガニックに転向すべき」と今さら言われても、と農民アクティビストが言うのも当然だと思う。

そんな中、オーガニック、無農薬無施肥で農業を営むリットさん(Pi Lit)を訪問した。チェンマイ中心地から南に車で約30分。Saraphiという地域でXXライの土地すべて、オーガニックで育てる。以前は米のみを栽培する一般的な農家だった。それが思い切って、2004年に転向する。

彼の農場は、「畑」というより「森」だ。隣の単作の畑との境界線に立つと、その違いは際立つ。畑の中に突如現れた「森」という感じだ。敷地内にさまざまなフルーツをはじめとした「食べ物がなる木」が植えられている。木々の間に野菜が植え付けられている。水路もあり、生息している川魚も食べられる。アグロフォレストリーに近い形の農園だ。リットさんは奥さんと一緒に、2日に1回、農園中を「散歩」してそのとき熟している「作物」を収穫する。そして翌日は、いつも出店している市場で売るのだ。購入するのは常連客がほとんどだ。伝統的な薬草も販売し、その使い方もお客さんに直接説明する。私たちが訪問したときも、風邪気味で鼻水たらしていた子どもたちに、分厚いしその葉のような葉っぱをもんで額にこすりつけてくれた。「こうすると2日で治るよ。」と。

以前は農薬も化学肥料も使った慣行農業の方がもうかると思っていた、と語る。だが、一年発起して転向。実のなる木を植えていった。数年は売るものがない状況だったから収入は激減。それでも辛抱強く植えていったからこそ今や農場は、いつ来ても収穫できるものがあり、それらを売れば週5000バーツにもなる。これは農家としてはいい方の収入だとのことだ。今は自給できていないが、土地を購入して規模をもっと広げたい、来年大学を卒業する娘さんと一緒に鶏も育て、肉も自給したい、15ライあれば完全自給が可能だ、と語るピットさん。自分の今の生活は、「人間としての尊厳ある生活だ」と自信たっぷりに語る。

とてもすばらしい農業だ。いつでも野菜やフルーツにあふれる農場、あこがれる。気候の恩恵あってこそだ。私もここに移住して始めたいぐらいだ。田んぼだった土地がたった7年で森になるのには驚いたが、7年辛抱すればあんな豊かな森を手に入れることができ、その後の暮らしは安泰なはず。では、なぜ周りの人がなぜまねしないのだろう。

リットさんの答えは、「みんな目先の収入がほしいから」だった。単作なら、1年に1〜2度ではあるが、「巨額」の金額を手にすることができる。もちろんこければ入ってこなかったり、激減することもある。それよりは毎週確実にXXバーツ、の方が安定していていいと思えるのだが、そうではない、らしい。

また理由として大きいのは、転向してから数年収入なし、が耐えられない、とも言う。

あるサイトでは、「モノカルチャーで化学肥料や農薬を使用する農業が、自分の健康にも土地にも害のあることだとは、ほとんどの農家の知るところだ。そして一度軌道にのれば、オーガニック農業で現金収入がアップすることも知っている。ただ、モノカルチャーに由来する借金という負のサイクルから逃れられない農家がほとんど、というのも現実だ。」と書いてあった。モノカルチャーを何年も何年も続けていたら借金の額は膨大になる。それを少しずつ返していく生活だ。今、餅米栽培が軌道が乗っているというモントリーさんだが、その上向きビジネスを「借金残高がどんどん減っていく」と表現していた。常に借金漬けの生活で、今年はいかにその借金を「大幅に」増やさないようにすることが命題の貧しい農家だとしたら、たとえ売り先があったとしても、「2〜3年収入がない生活」に転向するのは非常に難しいだろう。

より手間暇かけてコストもかけて「オーガニック」で育てた作物は、その労働力とインプットへの対価は高くないと割に合わない。だからといって、上・中流層や外国人など、お金を持っていて食への感心が高い層というマーケットに依存する形態でいいのだろうか。これでは、「付加価値の高いオーガニック農産物」はお金持ちが、「安い健康にも環境にも悪い農産物」は貧しい農民が、となると、結局、「オーガニック」という付加価値の高い商品作物を作っているだけで、「農民と都市住民」の関係は変わっていないのではないだろうか。もっと意地悪く言うのなら、「貧富の格差のさらなる固定化」につながらないのだろうか。。。

だからといって、「高付加価値農産物のマーケットの存在が不要なオーガニック農業」は存在しうるのだろうか。いわゆる「先進国」では存在しうるかもしれない。日本の自給的田舎暮らしはその一例と思える。しかしそれが「途上国」だったらどうなのだろうか。

実はそもそも、この疑問点が今回の旅の出発点だった。ブラジルやキューバをはじめとした中南米で広がるアグロエコロジー。この貧富の格差を是正することを目的としている、とあちこちの文献で書かれている。では、貧富の格差が激しく、その固定化も著しいとされるラテンアメリカで、どのように可能なのか。とても興味がある。近いうちに中南米のアグロエコロジー関連の取り組みを訪問したいと思っている。

今回、訪れることができた農家は限定的で、タイどころか、チェンマイの農業事情を包括的に考えられるだけの材料があるわけでもないし、私の知識も限定的だ。それでも、日本では、日に日にスーパーで「タイ産」を冠した野菜が増えている。日本とEPAを結んだタイ。「日本に農産物をさらに輸出するようになって、農村は果たして豊かになったのか」とは山下惣一氏がその著書で述べていた疑問だが、その疑問より少し突っ込んで、では、どんな農業なら農村が豊かになるのか、を考えるきっかけとなった旅だった。もちろんその答えは全く見えないのだが。
posted by namy at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | チェンマイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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